工藤遥ちゃんの始まりの終わりの始まり

もうすぐ夏のハロコンが始まるのでハロメンは忙しそうですね

この時期は他グループのメンバーのブログにもひょこっとハルちゃんが登場したりするので普段見ないメンバーのブログも見まくったりして新鮮な気持ちになります

 

そして秋ツアーの追加公演分の申し込みをせっせとしたりしてると、どうしても、

 

「ああ、ハルちゃんの卒業がどんどん近づいてくる…うわぁぁぁ!」

 

 

って気持ちになります

 


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ハルちゃんの卒業する箱もまだ決まってなくて落ち着きませんが、どんどんその時が近づくのを感じると映画『ラヂオの時間』にあったセリフ

 

「今は終わりではない。これは終わりの始まりでさえもない。しかし、これはきっと始まりの終わりである」

を思い出します

ハルちゃんが卒業発表を舞台始まる前のタイミングでしてくれたのは、最後の舞台なんだよって、だから見に来てねって言いたかったからみたいなこと言ってたけど、本当にありがたいよね

私そうじゃなかったら多分行ってなかったもん

来年もやるしなあ、とか思ってた

 

でも、よくみんな、「いつまでもいると思うな推しと親」って言うけど、「いつまでも元気に動けると思うな自分の体」とも最近思います

若いヲタさんは実感ないと思うけど、私くらいのアラフィフになると自分がいつどうなるかも心配になるわけ!

 

こないだちょっと自分の体が、「あれ、もしかしてヤバいことになってる…?」ってことがありまして

結果的になんでもなかったことだから言えるんだけど、その時本当に思った

 

私に何かあったらもちろん1番悲しむのは子供を筆頭に身内だとは思うんだけど、私自身も子供を今残して逝くのは絶対辛いことなんだけど

「ハルちゃんが卒業して女優さんになるのを見届けるまでは絶対死ねない!」って思ったもん!

やーい、もやしっ子!とか言ってる場合じゃねえ!

もし今すぐ死ぬようなことあったら最後の言葉は

「ハルちゃんを…埼玉スーパーアリーナで…卒業さ、せ、て…!」

だわ、きっと

子供らガックリだよね

 

関係ないけど私は死ぬ瞬間絶対に何か意味不明なことを言って死ぬつもりです

 

「三本目の木の…下を…下に…早く、早くみつけて!(庭に木はない、そもそも我が家に2話がない)」

とか

「三原さんに…やられ…た…!」

とか(病死なのに。三原さんなんて知り合いいないのに)

 

 

 

なんて!?今なんて言ったの?意味がわからない!という混乱で私の死の悲しみを紛らわせてあげようという思いやりですね、ウンウン

 

とりあえず16日の大阪ハロコンは色々見応えありそうなんで楽しみです

他のグループの生のパフォーマンス見るのも初めてだし、もしかしてハルちゃんより魅力を感じるハロメンに出会えちゃったらどうしましょ!

 

ハルヲタの人達がTwitterとかで、他のハロメンの名前を出したり、或いはハロ以外のアイドルの名前出したりして、「ああ、この人はハルちゃんが卒業したらこの人を応援していくのかな、あんなにハルちゃんハルちゃん言ってるのにな」と、寂しいような複雑な心境になることもあります

でも、そうやってハロプロは、モーニング娘。は、存続してきたんだなあ…ってつくづく思います

 

推しが卒業するからもう興味ない、しーらないってファンが離れていってたらとっくに崩壊してるもんね

でも推しってつくるものじゃないから、知らない間に推しちゃってるものだから、無理矢理ハルちゃんのかわりを探すことは出来ないししたくないし、考えたくもないです

 

今はなんも考えず相変わらず「ハルちゃん可愛い」ってことだけ考えて生きていきます